射法全般

早気(はやけ)になぜなるのかー早気の治し方と分類ー【弓道】

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今回は早気について、その正体となぜなるのか、どういった種類があるのか、どう治すのか解説していきたいと思います。どうも、編集長のKouと申します。

早気はアニメ「ツルネ」の影響もあってか話題になっていますね。

スポーツ心理学の世界ではイップスに近いものだといわれている早気。いったい何者なのか知らない人も多いでしょう。

早気を広義で捉えるなら、昔からある弓の病気のようなもので「狙いを定めて発射準備をする前に自分の意志に反して離してしまう」というものです。

緊張した場面で悪化しやすく、アーチェリーの世界でも「ターゲットパニック」として存在しています。

早気を経験する人は70%ともいわれるほどかなり多く[文献1]、悩んでいることを良く相談されます。

大事なところで自分の意志と違うことが起きてしまうため、とても精神的に参ってしまうことも多いです。

▼目次

1.なぜ会が短くてはダメなの?
2.早気を生理的に分類-早気フローチャート
2-1.的中型
2-2.的中不安型
2-3.トラウマ恐怖型
2-4.道具器質型
3.早気の重症度と矯正
3-1.重症かどうか
3-2.矯正法

なぜ会が短くてはダメなのか?

無条件で早いのはだめということはありません。

会の長さは射の目的によって変化してきます。三十三間堂大矢数や戦場では速射が求められますから会は短いほうが有利ですし、射の運行自体もできるだけ早いほうが良いです。

ですが少ない矢数で正確な的中を出そうとすればおのずと運行は丁寧になり失敗しない長さの会が必要になります。

引き絞った状態の重要性は古くからずっと指摘されており、現代でもアーチェリー研究で伸び合いは的中を左右することは示されているようです。

現代の弓道では速射は実施していませんから、正確な的中を求めるのであれば十分な伸び合いが求められます。そこに精神修行の要素が強まり、深会を勧めるようになったのでしょう。

「周りから見て恥ずかしいから早いのはイヤだ」というのももちろん分かりますが、会の長さは多数決ではありませんから治す動機を確認していただきたいと思います。

後にも記述しますが自分は何を求めているのか、会では何をすべきなのかしっかり理解することが改善の第一歩になります。

早気を生理的に分類

なぜ人は早気になってしまうんでしょうか?
原因別に見ていきましょう。自分の立ち位置を知ることは矯正にも有利になります。

的中型

最も多いのが的中型です。
純粋に的中を楽しんでいるからこそ早気にかかってしまうというもの。矢数をかけていていつの間にか会がなくなっていることも多いです。
一つ例え話をしましょう。

ある日 1+2+3+4+5+6+7+8+9+10はいくつですか?という問題を初めて見たとします。
一つ一つ足していきます。3+7+11+15+19.....うーんと、できた。55だ。→正解です。お菓子を一つあげましょう。

次の日の問題。
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10はいくつですか?
めんどくさいな。答えも忘れてしまった。まて、この問題は対称性を利用して11が5個になるのでは?
11+11+11+11+11=55だ。→正解です。お菓子を一つあげましょう。

次の週
1+2+3+4+5+6+7+8+9+10はいくつですか?
もうカンタンカンタン 11×5=55だ。→ 正解です。お菓子を一つあげましょう。

ーこれが何日か繰り返されたあと。

3+2+5+10+9+8+1+4+6はいくつですか
全くやり方がわからない。どうしよう。足し算のやり方を忘れてしまった。でも似たような問題だよな。分からないっていうのは恥ずかしいし早くお菓子が欲しい
11×5=55だ。→不正解です。(あちゃ~)

5+9+10+1+3+6+8+2+7+4はいくつですか
11×5=55だ。→正解です。お菓子をあげましょう。(ホッ。ヤッタ・・・これでいいんだ)

お分かりでしょうか。足し算を習いたての頃は早気にはなりませんがこの人はもう早気にかかってしまっています。このまま放置していても治りません。
なぜならこの過程はほとんどの場合無意識で起きているため気づかなければずっと進歩しないどころか定着してしまうからです。
足し算のやり方を忘れるなんておかしい!と思うかもしれませんが早気の人は本当に会の保ち方を忘れてしまっています。

楽をしたがる脳

私たちの脳ミソは楽をしたがるように出来てしまっています。なので1回できたこと、楽をして早く的中したことは快感なので繰り返したくなります。
それを追い求めることこそがこのタイプの早気の根源です。
問題文を読まず(=狙いをつけて伸び合わず)かけ算を1回するだけで2問中1問正解しお菓子をもらえるならそうしてしまうのです。
それと同じで会を持たずにカンタンに離してしまって中ってしまうと困ったことにそれを再現しようと思ってしまうわけです。
さらには発症してしばらくすると早気がダメだと言われても早気を擁護する論を取り入れては自分を正当化しようとする状態になってしまいます。
人間は自分に都合の良い根拠しか見えず、楽な方へと自分の考えを固めてしまう性質を持っているからです。
この状態は中りが50%の時に抜け出しにくいと言われています。勝率半々の予測不能な状態が動物の報酬系を最も長く活性化するという動物実験があります。
また、大会などで早気のまま1度中る成績を残して良い思い出にしてしまうと抜け出しにくくなります。
早気が長く続くと的中率は低い場合もあり得ます。

的中不安型

的中型にはもう一つ型があります。
不安が強く自分の射技に自信がないが的中はしたいというアンビバレントな状態です。
昔は中っていたがストレス等によって自分の射を崩してしまった場合などです。
的中できない不安が強く、プライドも相まって思考を支配され離してしまいます。
その結果的中はできないので、早気のせいにして自分の真の実力ではないと無意識に弁解している場合もあります。

トラウマ・恐怖型

この型も一定数見かけます。どちらかといえば女性に多い印象があります。
これは会を持つことに対して恐怖感があるものです。
発症には何かしらのきっかけがある場合が多いです。

会を持つことで顔や耳、腕を打ってしまった経験があり、緩ませて早く離すことで解決した。

会を持っているうちに「狙いが変わってしまう、縮んでしまう、暴発してしまう、筈こぼれ」などで離れがめちゃくちゃになってしまった。

自己の射に対する評価が現状よりも低い。

大会や師範の前など、緊張する場で自分の失態を避けるため急に意志に反して早気で乗り切ろうとすることもあります。
ゆるみがあり中りはなく、早気の悩みが深いのはこの型の特徴です。逆に的中型は早気でもケロっとしていることがあります。

道具・器質型

身に余る強弓を使う

どこか体に痛みがある

弽が小さすぎたり大きすぎたりして取り懸けに問題がある

といった器質的な理由をもっている型です。初心者でも発症し、発症早期から巻藁でも持つことができません。
こういった明確な原因があると早気の人間からすると気楽です。
そのため的中型の人もトラウマ型の人も自分を道具型だと思ってしまう節がありますので注意が必要です。

早気フローチャート

これらの分類から、精密ではありませんがざっくりとした診断をすることができます。
分類不能型は矢数をかけすぎて疲れたのが癖になったとか、原因不明、複数の原因が併存している等があります。

早気の重症度と矯正法

まず知っておいてよいのはやることをやって矯正しようとすれば早気の80%以上が3年以内に治癒するという調査もあることです[文献1]。
これはもともとの性格も絡み、個人によって程度が違いますが多くは治るということを知っていれば多少は気が楽になります。
どうせ自分なんて...と腐らずに上達しようとすることは大事です。

重症かどうか

早気の矯正は重症度によって変わります。

<ⅰ>発症してから三年以上など長い経歴

<ⅱ>矢が鼻より下に降りないこともある

<ⅲ>この1本だけ何してもいいから持てと言われても反射的に離してしまう(巻藁でも早気である)

<ⅳ>早気のせいで弓道を遠ざけがちである

のいずれかにあてはまれば重症と言えるでしょう。

矯正法

最初も述べた通り早気の本質は伸び合いの欠如によるものです。
伸び合いは高的中の必要条件です。最終的には矢筋、肩線、角見など流派に従って一定の伸び合いを身に着けられるよう努力をしましょう。
会で伸び合いができるように上達することで完全に克服したと言えます。
ですが完全に熟達した伸び合いができなくても伸び合いを練習するために会の長さは必要です。
そのためにまずは道具型以外は器質的な問題は無いという点は理解しなければなりません。
初心者のうちは身に余る強弓でない限り下手でも早気にはなりません。射型のせいだけで早気になっているというわけではないのです。
早気克服は上達の一部であることを認識することも大事です。
上達の一部ということは上達のための練習法が使えるということです。

道具型の原因を取り去る

まずは道具型でないかどうかを確認し、原因を除去します。
早期であればすぐに治ってしまう場合もあります。

軽症・的中型の場合

早気治療は恋愛やダイエット、禁煙禁酒に近いことです。

初対面でフラれると分かっていても告白したい。

食べちゃダメだと思っていても誘惑に負けて食べてしまう。

禁煙しなくちゃと思っていてもつい吸ってしまう。

上達戦略三章でも述べた通り人の意志は弱いものです。人が変わるには環境を変えて練習するのが手っ取り早いと言えます。
一人でやるよりも周りを巻き込んでやるほうが効果的です。
軽症の場合は以下の方便を使ってみるとうまくいく場合もあります。三章の「まずやってみるべき練習思考」「スランプ時」から考えます。

・的中を捨てる勇気をもつ

会を持つ以外はできなくてもいいから会を持つことだけができる状況を考えてみます。安易な11×5での半端な的中を捨てなければ正しい足し算はできません。

的を外して安土に向かって引いたり、前の的を狙ったり巻藁矢を番えて的前に立ったりする。巻藁練習は無効な場合が多いです。

・徐々に治さない

とにかく限界まで1分以上保ってみる。そこから少しずつ短くして20秒くらいにしてみる。

ダイエットや禁煙でも徐々に食べる量、吸う量を減らすのではなく、「一切間食をしない、完全に禁煙する」という規律を決めたほうが成功率が大いに上昇したという研究があります。習慣を変えるには明確な進路変更が必要なのです。

・会の思考を別のことで支配する

会に入ったら素数を言う、ちょっと難しい暗算問題を出してもらう、数えてもらったり持てる状況を作るなどを行ってみます。

・狙いを懇切丁寧につけ、力の流れを感じる時間を作る。呼吸法を方便にする。

金的にして矢摺籐に印をつけるなどして的心に最大限正確に狙いをつけます。

それから足から肩、手の内に至るまで細部まで丁寧に力を流して観察します。目を閉じたりしてもいいでしょう(安全にはくれぐれも注意すること)。

方便も続けなければクセはつきませんからしっかりと環境を作り、継続して実施することが肝になります。

軽症・トラウマ・恐怖型、的中不安型の場合

恐怖を取り去ることが最初にやることになります。
弦で払うならその部位のプロテクトし原因を治します。
そうしたら会を持つことによる結果ではなく持てたという過程を評価しましょう。
一生懸命持ってもダメになるばっかり、と思わずにまずはできることをやっていきましょう。誰でも最初から伸び合えるわけではありません。
上達して伸び合いができるようになるには通らなくてはならない道です。
「まずこの不調は一時的な物であると確信すること」
「以前の自分の実力に復調するまでまず続けてみること」です。
軽症の場合、実際の矯正では的中型と同じ方便を使って慣れていきます。

重症の場合

重症となると体に染みついていますので方便で治ることはあまりありません。
今一度会の必要性を理解し、真摯に取り組みましょう。
治ることを信じて、時間はかかってもできるところだけ少しずつ反射を取り除いていくしかありません。
焦らず徒手なら持てる。ゴム弓なら持てる。素引きなら、巻藁なら、頭の中なら、とゆっくりステップアップしましょう。
軽症の場合よりもさらに会を持てる環境づくりに力を入れなければなりません。
最終手段を挙げておきます。

クリッカーを使う

ガムテープを巻き付けるなどしてカケ指を離れないよう接着する(暴発には気を付けるように)

早気の克服戦略について考察し技術的問題ではなく、精神心理的問題を中心に取り扱いました。
射技上の問題もあるにはあると思いますがゴルフでも技術関係なくイップスは起きます。形によるものはごく軽微であって、精神的部分がほとんどなのです。
そういった部分を克服し上達しようとすることこそが、ある種武道的側面を持っていると感じます。
今回の記事を参考にしていただければ幸いです。ぜひ続編記事も読んでみてください。⇒【続編記事】早気の技術的な矯正法についての記事はこちら
早気克服の声や特殊な早気体験などあったらご意見お寄せください。また、今回は記事中の写真を読者の方から提供頂きました。ありがとうございました。
また、他にも今日から使える有用情報がたくさんありますので是非見ていってください。

参考文献
[1]森 俊男ら1990[弓道 における 「早気」に関する研究]
関野祐一「弓一筋」
唐沢光太郎「弓道読本」
スキージャーナル株式会社,2008「弓道虎の巻」

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