弓というものに携わる中で、どういうスタンスで関わっていけばいいのか。
それを考えるにあたって今回は新しい評価軸を提示きればと思っています。
弓への取り組み方は2つに分けられる
話を分かりやすくするために、2つの評価軸を提示したいと思います。
ここでは説明を分かりやすくするために、「大乗」「小乗」という仏教用語をあくまで比喩的に用いて整理していきます。
※本来の宗教的意味とは異なる部分もありますが、理解のためのモデルとして捉えてください。

大乗、小乗は仏教用語から引用したものです。
一般に日本の仏教は、大衆に開かれた実践や救済を重視する方向へ発展してきました。
一方で、より厳格な修行や個人の内面的探究を重視する流れも存在しています。
ここでは、大衆性や形式、道徳性を重視する考え方を「大乗弓道」とし、
それに対して、個人による弓術・心術の探究を極めていく方向を「小乗弓道」として考察していきます。
大乗弓道はどのようにして成ったか
大きく見て、大衆に向けた弓道はどのように発展してきたのでしょうか。
弓道は昭和後期から社会的な地位を獲得し、人口は爆発的に増加してきました。
これを語る際、阿波研造氏の存在を無視することは出来ません。
阿波研造氏は言わずと知れた大正から昭和初期にかけて活躍した宮城県の射士です。
大局的な見方からその業績について説明すると、
阿波研造氏は①恵まれた体躯 ②哲学的宗教的な教養 ③常人離れした速度での弓術の習得 によって圧倒的な的中力を若くして身につけますがそれ以上の成長に行き詰まってしまいます。
④当時の急速な近代化と戦争による混迷の時代に生きたため、⑤恩情に厚い性格から⑤教育と啓蒙によって日本人に大和魂を再建する使命感が強く、
⑥弓術を哲学的に解釈し精神修養や人格形成のための道具、「立禅」として昇化させていきます。
このように技術と心術に重きを置いてきた弓術に教育的、哲学的解釈を加え、日本固有のものとしての価値を生み出したことが現在の高い評価に繋がっています。
具体的な面では学生や教育者を中心に会をとにかく長く持つこと(苦行)や姿勢と呼吸法(禅)を教え、仏教的東洋哲学的な修行との共通点を用いています。
阿波研造氏の指導は苛烈を極め、非常に厳しいものでした。しかし彼の没後その厳しさは時代の潮流とともに失われ大衆化されていきます。
現在はさらに以前よりも和弓というものは人生の仕事とはならず、戦争も無く平和で有り、生きることに苦労する時代ではなくなってしまいました。
弓道は趣味や娯楽の一部となっているため以前のように厳しい指導は行われなくなります。
現代では弓道は生活の中心というよりも、趣味や文化活動として位置づけられることが多くなり、指導の在り方も変化しています。
その中で、「一射絶命」「弓禅一如」「正射」といった言葉が強調される一方で、その背景や文脈が十分に共有されないまま用いられる場面も見られるようになりました。
結果として、形式や姿勢に重きが置かれるあまり、本来の意図とは異なる理解に繋がってしまうケースも存在しています。
いまではもともとの阿波研造氏の指導からかけ離れてしまった「会さえ持てば救われる」「正射を求め続ける姿勢だけで十分」「中らなくても立派ならいい」という考え方によく表れています。

大乗的な思想はどのような役割を持つか
大乗は宗教的で弓道の本質では無い。という批判も見られます。しかし組織を運営する以上道徳的規範は必要です。
大乗弓道の目的はある種、悟りを得ることでしょう。悟りを目指すのであれば道徳的、倫理性というのは重要なファクターとして組み込まれます。
ゲーテの言うように「宗教を追っ払えば、今度は不気味な迷信が裏口から忍び込んでくる」というように大乗、全体主義を除去してしまうと個の力が強くなり分断を生み、混乱を招くことになります。
全体性を獲得するための大乗弓道の価値があります。
礼儀や姿勢、精神性を重視する考え方は、集団を成立させるための基盤となり、多くの人が弓道に触れるきっかけにもなっています。
また、入り口としての役割も非常に大きく、弓道が社会的に評価される一因にもなっています。
そのため、大乗的な価値観を重視して弓に取り組むこと自体は、十分に意味のあることだと言えるでしょう。
一方で、それだけを弓道の本質と捉えてしまうと、理解としてはやや偏ってしまう側面もあります。(別記事:実力以外を第一義とすると失敗してしまうのはなぜか)
技術や探究の側面が伴わなければ、弓道の特性そのものが薄れてしまう可能性もあるからです。
弓は大乗のほうが重要であると語ることは避けなければなりません。指導者であれば尚更です。伝統文化として継承していくためには、個々人が技術や射について深く向き合う取り組みも不可欠になります。
大乗だけ教えていたのでは和弓の技術と特異性が失われていくことになるのです。
技術の進歩も見込めず、道具の質もどんどん落ちていきます。
私のスタンス
私の取るスタンスとして目指すものは小乗にあるのは確かです。
しかし大乗弓道も間違いなく必要で有り、私もその恩恵を受けてきました。弓を始めるときは大乗から入ることが多く、弓を引く以上コミュニティは必要です。
また大乗的教えの中にも、元をたどって十分に背景を補足してやればればちゃんとした心術につながる部分も多く、よくよく調べると参考になります。
どちらも私の弓道観に影響を与えてきた重要な概念で間違い有りません。
これらを混同して考えず、優先順位をつけることが重要です。
どちらか一方を絶対とするのではなく、自分がどの立場で弓と向き合うのかを自覚すること。そして、その価値観を他者に一方的に押し付けないことが大切ではないでしょうか。
このサイトを読んでいる方も、最初は大乗的な関わり方から始まることが多いと思います。
しかし、弓に長く関わっていくのであれば、最初こそ大乗であってもやはり伝統文化の継承者として小乗を理解し、後進には選択する自由を与えて頂きたいと思います。
ということで今回はこれで終わりにします。
記事中の誤りや議論はお問い合わせ等から是非ご指摘ください。
また、他にも今日から使える有用情報がたくさんありますので是非見ていってください。
アフィリエイト等広告無し無料サイト「弓道大学」編集長
弓道の理解し辛い部分を原理原則から演繹し考察します。
全国規模大会で団体優勝の経験もさせてもらいました。
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