弓道教本に対して過度な権威性を前提として用いられる語である。
教本に記載されているという事実のみをもって、その正当性が全面的に担保されていると捉えてしまう点に問題がある。
しかし実際には、弓道教本がどのような目的や前提で編纂されたのかが十分に意識されているとは言い難く、教本以外の文献や歴史的背景に目が向けられることも多くはない。
仮に教本の内容が改訂された場合、それまでの理解や実践はどのように扱われるべきなのだろうか。記載が変わったからといって、そのまま無批判に従うだけでよいのかという問題が残る。
また、記述がどのような検証過程を経て成立しているのか、あるいは実際にどのような結果をもたらすのかについても、十分に共有されているとは言えない部分がある。
「書いてある」ということに対して、しばしば人は盲目的になってしまう。活字として記録しておくだけで、それを守らない人を「白い目で見る正当な権利」を手にしたような錯覚に陥るのである。